理性の誤算
人はいつから悩みというものを覚えるのでしょうか?
もし、悩みがなければ人は心から解放されたような
気持ちになるのでしょうか?
人がたまに動物に向かって
「いいなぁ、悩みがなさそうで…学校も会社もないもんな」
なんて言う事があります
ある意味で、それは正しい事でもあります
野生の動物は特にそうなのですが『本能』というものが
なにより大きいです
それは、反射的な判断、生きていくための勘のようなものです
そこが何より生きていく上で必要だから悩むという条件まで到達しないのです
では、もともと動物だった人間が
進化と共に身につけたもの
それが人間社会をいきる為の『理性』という
ものなのだと思います
そうして
やがて多くの人の中で生きていく為、
更には日本という国は地域や集団性を重んじて
助け合う 輪 というものを
大切にしたきたので
人々の中に 輪の中の自分 が出来てしまった
のだと思います
やがて人は自分の入った輪の中で出来た理性
を植え付けられて
「こんな事をしたら」「あんな事を言ったら」
「こんな風に思われる」「あんな風に言われる」
と…自分の気持ちに素直になれなくなってしまった
そうして自分の事もよくわからなくなって
本当に辛い思いをしてしまう
あのね。。。
私は鑑定の際、よく皆様に・・・
守護神は、あなただけを守る神様だから
何よりもあなたの事を知っているけれど
人間社会で生きているあなたには、守護神
が仰るようになかなかできない事もあります
まずは自分が間違った生き方は
何一つしていない事を知ってほしいです
そうしてなにより大切なのは自分の気持ち
自分の生き方だから、一生懸命に人間社会の
輪の中で身につけてきた理性に苦しんで
頑張っている自分をきちんと分かって
あげてください」
とお伝えします
無人島に一人でいれば悩まない悩み事は
全てここで頑張ってきた紛れもない証です
私は、あなたの素敵な未来をこの身体で
見させて頂いたから、あなたの今を
何より大切に生きてほしいと思うのです
あなただけを命がけで守る守護神様の
美しさを
私だけが見させていただいた
そんな何にも代えがたい幸せを
ことばにするなら
あなたは あなただから
生きる意味があります